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最高裁判所第一小法廷 昭和43年(オ)709号 判決 1969年2月20日

上告人

井上俊政

代理人

鬼頭忠明

被上告人

楠正信こと

楠雅介

被上告人

田中美義

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人鬼頭忠明の上告理由一について。

満期白地の手形の補充権の消滅時効については、商法五二二条の規定が準用され、右補充権は、これを行使しうべきときから五年の経過によつて、時効により消滅すると解すべきことは、当裁判所の判例とするところであり(最高裁昭和三三年(オ)第八四三号同三六年一一月二四日第二小法廷判決、民集一五巻一〇号二五三六頁、同昭和三七年(オ)第六四五号同三八年七月一六日第三小法廷判決、裁判集(民事)六七号七五頁参照)、今これを変更する必要をみない。したがつて、これと同一の見解に立つ原審の判断は正当であつて、論旨は採用できない。

同二について。

原判決中の所論判示部分は、事実摘示部分と合わせ考えると、白地補充権行使についての合意を認めることはできないとの趣旨であることは明らかであり、その挙示する証拠関係によれば、その判断も肯認することができるから、原判決に所論の違法はない。したがつて、論旨は採用できない。

同三について。

上告人の予備的請求原因事実は認められない旨の原判決の判断は、その挙示する証拠関係に照らして肯認することができ、原判決に所論の違法はない。所論は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実認定判断を非難するに帰し、論旨は採用できない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官大隅健一郎の意見があるほか、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

裁判官大隅健一郎の意見はつぎのとおりである。

本判決の結論には異論はないが、しかし、私は、満期白地の手形の白地補充権の消滅時効期間は三年と解すべきものと考えるので、多数意見が上告理由一について述べているところには賛成することができない。

多数意見は、昭和三六年一一月二四日の当裁判所第二小法廷判決を引用して、満期白地の手形の白地補充権は、これを行使しうべきときから五年の経過によつて、時効により消滅するものと解すべきであるとしている。右の判決は、白地小切手の補充権の時効に関するもので、直接白地手形の補充権の時効に関するものではないが、同判決が白地小切手の補充権の消滅時効期間を五年と解しその理由としてあげているところは、すべて白地手形の補充権にも及ぼしうるものであつて、多数意見がこれを援用していることは理由のないことではない(多数意見の引用する昭和三八年七月一六日第三小法廷判決が支持した原判決も、同じく昭和三六年一一月二四日の第二小法廷判決を援用している。)。しかしながら、卑見によれば、それらの理由はいずれも、実は、白地手形の補充権の消滅時効期間を五年と解する見解よりも、むしろこれを三年(白地小切手の補充権については六月)と解する見解を根拠づけるものにほかならないのであつて、私は、右の判決とほぼ同様の理由により、満期白地の手形の白地補充権は、これを行使しうべき時(通常は振出の時であるが、原因関係上の事情から補充権を行使しうべき時期につき別段の合意があると認められるときはその時)から三年の経過によつて、時効により消滅するものと解するのが妥当であると考える。

前記の判決が、白地小切手の補充権の消滅時効期間を五年と解する理由として掲げるところを白地手形に当てはめていえば、つぎのとおりである。すなわち、(1)補充権授与行為は本来の手形行為ではないけれども、商法五〇一条四号所定の「手形に関する行為」に準ずるものと解して妨げないこと、(2)白地手形の補充は手形債権発生の要件をなすものであること、(3)手形法が手形上の権利に関しとくに短期時効の制度を設けていること、がこれである。まず、補充権授与行為は商法五〇一条四号所定の「手形に関する行為」に準ずるものと解して妨げなく、したがつて、補充権が商行為によつて生じた債権に準じて考えうることは右の判決のいうとおりであるが、しかし、これによつてただちにその消滅時効期間が五年と解されることにはならないのであつて、かえつてこれを三年と解すべきことになると考える。けだし、商法五二二条は、商行為によつて生じた債権の消滅時効期間を原則として五年と定めると同時に、他の法令によりこれより短い時効期間の定めがあるときはその規定に従うものとしているところ、「手形に関する行為」によつて生ずる手形債権(手形の主たる債権)については手形法に三年の短期時効の定め(手形法七〇条一項、七七条一項八号)が存するのであるから、白地手形の補充権授与行為を「手形に関する行為」に準ずるものと解する以上、これによつて生ずる補充権の消滅時効期間も、五年ではなくして、手形債権に準じて三年と解すべきが当然だからである。つぎに、前記の判決が白地手形の補充が手形債権発生の要件であることをあげているのは、補充権は形成権であるが、形成権でもその行使によつて債権が発生する場合にはその債権に準じて時効を考うべきであることを示唆しているものと推測されるが、そうであるとすれば、補充権の行使によつて生ずるのは手形債権であるから、補充権も手形債権と同様三年の時効に服するものと解するのが相当といわざるをえない。そして、手形法が手形上の権利につきとくに三年の短期時効の制度を設けているゆえんを合わせ考えるならば、補充権の消滅時効期間をこれと同様三年と解する見解の妥当なことが、いつそう明らかになるであろう。

以上のようにして、いずれの点からみても、満期白地の手形の白地補充権の消滅時効期間は三年と解するのが妥当であると考えられる。元来、白地手形の補充権は白地手形行為の当事者の手形外の合意によつて発生するものであるにしても、補充権はその行使によつて生ずる手形上の権利と不可分的な関係にあるのであるから(したがつて、満期の記載のある白地手形については、手形債権と別に補充権の時効を問題とする余地はない)、補充権についてその時効消滅を認める以上、その時効期間は手形債権と同様に考えるのが、当然の帰趨であるといわざるをえない。そして、これを手形取引の実際からみても、補充権がその行使によつて生ずる手形債権よりも長期の時効に服すべきものとする必要は見出しがたいであろう。(長部謹吾 入江俊郎 松田二郎 岩田誠 大隅健一郎)

上告代理人の上告理由

一、原判決には、判決に影響を及ぼすこと明らかなる法令の違背がある。

原判決は、振出日、満期を白地として振出した本件約束手形の白地補充権は、形成権ではあるが、その補充権授与の行為は商法五〇一条四号の「手形に関する行為」に準ずるものであり、従つてその消滅時効期間は商法第五二二号に定める「商行為によつて生じた債権」に準じてこれを五年とする旨判示し、本件手形の交付日時たる昭和二九年二月頃から五年を経過した同三四年二月頃をもつて本件手形の白地補充権は消滅した旨判示している。

しかしながら、大審院昭和一二年四月一六日判決のごとく、補充権は振出人と受取人間の一般私法上の契約に因り発生し、手形債務の負担を目的とする手形行為自体から発生するものでないからその発生原因たる契約は商法五〇一条四号の「手形に関する行為」に該当せず、それが形成権の一種であることから、これを民法第一六七条第二項により二〇年の消滅時効により消滅すべきものと解すべきである。

原判決は、右補充権を形成権と解しながらも、形成権の消滅時効たる民法第一六七条第二項を適用せず、手形に関する行為に準ずるものであり、商行為によつて生じた債権に準ずるものとして商行為債権の消滅時効を適用するのは矛盾である。

のみならず、元来形成権なるものは、一方的な意思表示又は行為により権利関係の変動を生ぜしめらる権利で、時効の中断という事が考えられず、その権利の性質上、消滅時効の対象とはなり得ず、形成権行使の結果生ずる請求権のみが消滅時効となり得るものと解すべきである。(川島武宜法律学全集民法総則四四二頁以下、注釈民法(5)三〇五頁)。

従つて、本件白地手形の満期補充は昭和三八年一二月二〇日と補充されており、振出人に対する請求権の消滅時効の三年内に本訴請求がなされておるのであるから、本訴に於ける手形金請求は正当である。<以下略>

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